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日本文化に知られざる功績 明の隠元禅師を偲ぶ

■2022/03/31 日本文化に知られざる功績 明の隠元禅師を偲ぶ

1598年、豊臣秀吉は醍醐寺で花見を催し、

天下人の栄華を極めた。

醍醐寺の「太閤しだれ桜」は今が満開◎◎◎

しかし、花見の年の秋に62歳で死去。

関ケ原を経て、次第に徳川の時代となっていく…


江戸時代初期、中国の明から隠元という偉いお坊さんが渡来。

黄檗(おうばく)宗というあまり聞きなれない禅宗の開祖、

宇治の萬福寺はその黄檗宗の総本山。


なるほどお寺の雰囲気は明の時代のもの…

龍の背中を模した石の道。

お経も中国語で読むらしい。


隠元禅師はインゲン豆を日本にもってきたということは知られているが…

それだけではない。

日本文化に多大な貢献をしたスゴイ人なのです。


スイカ、レンコン、ナス、タケノコ、落花生…

さらには、煎茶、ダイニングテーブルを使った食事形態まで

隠元さんが日本に紹介したもの~~~


食文化だけではありません。

今も新聞でよく使われる明朝体という活字、

その明朝体を使った木版印刷の技術も隠元さんが…

400字積めの原稿用紙はまさのそのときのフォーマットなのです。

そのお陰で江戸の町民文化が花開いた…


さらに、さらに、さらに~~~

土木潅漑技術までも!!!

大陸には長江や黄河といった大河がある。

そこで培われた潅漑土木技術も日本に導入。

元々湿地帯だった江戸の町のインフラ造りにも深く関わっていた…


隠元禅師が日本文化にもたらした功績は、あまりにも大きい。

しかし、あまり知られていない…

いってみれば、歴史のシャドーの部分。


四代将軍家綱の懇願で日本永住を決意。

82歳で逝去するまでの約20年間には文学や芸術面でも功績があったのだろう。

萬福寺堂内にある釈迦の高弟たちの像は、隠元が連れてきた中国人仏師によるもの…

彫りの深いインド人の顔を彫らせると、日本人仏師以上の腕前だったらしい。


 



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