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三島由紀夫の熱情

■2020/06/26 三島由紀夫の熱情

私の家の近辺はかつて馬込文士村と呼ばれ、多くの文学者が住んでいた場所。
 
徒歩10数分の丘の上には1970年に割腹自殺を遂げた三島由紀夫(その表札もそのまま)の白亜の豪邸も当時のまま現存しております。
 
個人の家のことなど個人情報にかかわるような話は不謹慎ではといわれそうですが、「三島由紀夫の家」は篠山紀信の写真集になっている。
 
ノーベル賞候補で映画監督、俳優、舞台演出家でもあった三島はなにかにつけて自己表現がしたかったのです。
 
割腹自殺を遂げる一年前の1969年に東大全共闘の学生1000人の前で行なわれた伝説の討論がそのままドキュメンタリー映画になった。
 
久しぶりに渋谷の映画館に行ってきました。
 
当時は学生運動が続いていたころで、ソ連はあこがれの国…東大のエリートたちは共産主義社会を革命、つまり、武力によって実現しようとしていた…
 
それが本当に起きてもおかしくなかった…そんな時代があったのです。
 
それに対して、三島は天皇を奉じる国粋主義者。
 
概略的には左翼と右翼の対立ということ。
 
しかし、根底では反米愛国ということで共通していたので、討論の場が成立したのでしょう。
 
それにしても、「三島を論破して立ち往生させ、舞台の上で切腹させる」と盛り上がり、殺気立つ学生たち。
 
対する三島は警察の警護を断り、単身東大駒場キャンパス900番教室に乗り込むのです。
 
全共闘の論客は、抽象的な理屈と詭弁めいた論法によって三島を追い込もうとするですが、三島は丁寧にユーモアを交えて切り返します。
 
元々は背も低く虚弱な体で兵役にも漏れた三島ですが、ボディビルと武道で心身を鍛え上げ、私立の防衛組織である盾の会を結成。
 
警察と自衛隊の防備が破られた場合は、三島自ら盾の会のメンバーとともに左翼学生に立ち向かうつもりだったよう

彼はなぜ割腹自殺を遂げたのか…今もいろいろと語られますが… 

東大の左翼学生と語り合ったときには、すでにその覚悟はできていたかんじがする…

しかしまた、盾の会の同志森田必勝との同性愛のうわさもあり。

自衛隊市川駐屯地で割腹し、森田に介錯され、森田もまたその後を追う…

心中事件でもあったのか?

自らの血潮をみて、性的興奮を覚えていたといった精神分析もあり…

三島の作品は戯曲が多いが、その人生そのものが劇場型人生とでもいうか…

どこまでが演技でどこまでが本心なのか…

本人もわからなくなっていたのかも?

それにしても、死してなお盾の会のメンバーたちを年に一度集結させ、映画を通じても現代の若者にアピールするのは、並みの支配者ではない…

コンプレックスを克服し、自らのアイデンティティーを追究した姿はかっこいいいと思う。

親交のあった瀬戸内寂聴いわく「あんな目は見たことがない、天才の目ね」








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